× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 酒は呑んでも呑まれるな。 「それじゃあ私は先に休むよ。お前たちも適当なところで休みなさい」 「はっ」 「あんたもな~!」 ふすまをしめて、遠ざかっていく主の足音に耳を澄ます。 俺の主はよく酒をたしなむ人のようで、いつもは次郎太刀や日本号がお相手をつとめているのだが、今日に限って次郎太刀は短刀たちの遠征の世話係として本丸を留守にしていた。 日本号だけでは寂しい、酒は大勢で呑んだ方が楽しいと、主の要望に応えた形になるのだが、どうも日本号と俺の二人だけしか誘われなかったらしい。 畳に幸せそうに寝転がる男を横目に見る。知らずため息が漏れた。 もともと酒はそんなに得意ではない。すぐに頭がぼうっとする。ただ、体はふわふわして気分がいいものだとは思う。 主がそれを嗜みたがるのもよくわからないが、それよりも同じ存在でありながら酒を浴びるように呑みたがる日本号のほうがよくわからなかった。 これはオレの命の水なんだと口癖のように言う。何が命の水だ。 よくわからん。 「おい。寝るのなら部屋に戻れ」 「いいじゃねえか」 「ここは俺の部屋だ」 「いいじゃねえか~」 駄々をこねるように、酒瓶を抱えたままごろごろと転げまわる姿を見ていると、この男が三名槍などと呼ばれていることなどどこかに吹き飛んでしまう。 前の主に似たのだろうか。それにしても名に恥じぬ振る舞いをしてほしいものだ。 酒は呑んでも呑まれるな。よく聞く言葉だ。この男によく言い聞かせてやりたい。 「適当なところで休めとの主のお達しだ。俺はもう休む」 「布団敷いてくれ」 「断る」 早く部屋に戻らせるために、布団を用意するべく立ち上がった……筈だったが。 思ったよりも酒が回っていたらしい。立ち上がろうとした瞬間に視界がぐにゃりと歪んだ。 足に力が入らなかった。 「長谷部ッ」 来るべき衝撃に備えて目を閉じたのだが、頭を打つような衝撃は来ず。 目を開けて視界に飛び込んできたのは、心配そうに眉を顰める無精髭。 「大丈夫か?」 「……何をしている」 「抱きとめた」 「見ればわかる」 「頭を打たずよかった。お前は主の頭脳だ」 すっと細められた目に、思わずどきりとした。 優しい目だ。戦いのさなかに身を置く姿とも、酒を呑んで笑う姿とも違う。 この男のこんな顔は初めて見た。 「おっと、少し顔が赤いな。普段呑まねえ分よく効いたんだろうな。このまま座ってろ」 畳の上に降ろされて、肩をぽん、と押される。 日本号はそのままふすまを開けて、押し入れの中から布団を出し、ひいた。 押された肩が熱い。自分のものではないように。 「さてと」 「いい。自分で歩ける」 「お前が怪我をしたら主に申し訳がたたん。それでいいだろ」 「……貴様こそ酔っているだろう」 「こんなもんじゃ酔わねえよ」 ぐ、と顔を近づけられて、見たこともないほど間近で顔を見た。 確かに酔った男の顔ではない。足取りもしっかりしていた。 さっきまでのあれは一体何だったんだ。 「お前からは酒の香りがする。呑んでも呑まれるなよ」 鼻面を突き合わせて、唇が触れてしまいそうな距離でそんなことを嘯く。 今の今まで気づかなかったが、この男はよく見れば整った顔をしていたようだ。 それに気づいてしまった今、なんとなく気恥ずかしくなって目を見るのが憚られた。 目をそらすと男は俺から顔を離し、女にするように俺を抱き上げる。 大きな体に太い腕は安定感があった。 「ゆっくり休めよ、長谷部」 「馴れ馴れしく呼ぶな」 「はいはい。……っと」 俺を布団に降ろし、部屋を出ていこうとした日本号は何かに気づいたように歩みを止めて、そしてこちらを振り返る。 「よく見たらお前、きれいな顔してんだな」 「なっ」 「はっはっは、顔が赤いぜ。早く寝ちまえ。それじゃあな」 「貴様っ」 反論する前に閉められたふすまを睨みつけた。顔が熱い。 きれいな顔などと言われたのは初めてで、どう理解したらいいのかわからなかった。 布団を頭からかぶっても、匂い立つ酒のせいで、どうしてもあの男が頭から離れなかった。 end. にほへし / とうらぶ 日本号未実装本丸です PR この記事にコメントする
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